ストーリーテリングは「パズルを解くようなもの」──CNNやNYT、AXIOSでモダンなドキュメンタリーを手がけるNY在住エディターとの対話

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向晴香

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06/14 (2023)

「え、あの番組、打ち切りなの?」と、Netflixなどの動画サブスクサービスの利用者であれば、何度か経験したことがあるかもしれません。

数年前、打ち切りを惜しんだ作品の一つが『世界の“バズる”情報局』です。2018年に公開されたBuzzFeed制作のドキュメンタリーシリーズで、デジタル中毒や10代のインフルエンサー、電動スクーター、受精卵の凍結保存など。多岐に渡るトピックについて、記者が取材をするプロセスを描きながら、その概要や論点を説明していきます。難解なテーマやトピックを扱うエピソードもありますが、それぞれ15分から20分程度にまとまっています。

扱うトピックは時事性の高いものが多く、ここ数年、ほとんど見返す機会はありませんでした。だが、ふと映像制作に興味を持ち、思い出して観てみると、やはり面白い。とりわけ感動したのは編集の妙です。記者が取材を行う様子は、視覚的に決して派手なものではありません。ですが、時にはインフォグラフィクスを用いたり、取材相手の発言に困惑する記者の表情を見せて盛り上がりをつくったり。一見複雑な概念やトピックについ、てオーディエンスの注意を引きつけたまま紐解いていく構成になっているのです。

専門性の高いテーマについて、いかにわかりやすくストーリーテリングするのか。これはinquireがコンテンツ制作においてぶつかる問いでもあります。だからこそ、公開から数年が経ったとはいえ『世界の“バズる”情報局』の編集について、作り手たちに聞いてみたくなったのでした。

連絡をしてすぐに前向きな返信をくれたのはエディターのDavid Herr[1]さん。The New York TimesからCNN、Vice Newsなど多岐にわたるメディアとドキュメンタリー制作を手がけてきました。『世界の“バズる”情報局』に限らず、Davidさんが編集において大切にしていること、ストーリーテリングに向き合う上での難しさなどお話してもらいました。

『世界の“バズる”情報局』における編集の手法

——『世界の“バズる”情報局』の基本的な構成は、ジャーナリストがテーマを見つけて、取材をし、記事を作っていく、というもの。これは地道な作業であり、視覚的には派手なわけではありません。Netflixでは数分で「観るべきかどうか」を判断するユーザーもいるかと思います。そうした人たちにしっかり最後まで観てもらうために、どのようなことを心に留めていましたか?

まさにアテンションを維持してもらうのはとても難しくなっています。けれど、すべての根底にあるのは優れたストーリーを語ることです。プロデューサーやジャーナリストは、作品に関わる人たちが伝えたいストーリーを考え、それを実際に撮影し、報道する。そして、そのネタをすべて私のところに持ってくる。それらを優れたストーリーにまとめ上げるのが私の仕事です。音楽やビジュアル、グラフィックなど、すべての要素を使って、観客を楽しませ、興味を持たせるのです。

中でも最も重要なのは“pacing”だと思います。ストーリーがどのように流れ、切り替わるのか。テンポやトーンをどう変化させていくのかです。

『世界の“バズる”情報局』では撮影素材がとても豊富でしたから、仕事の大部分は、伝えたいポイントに絞り込むこと。早送りのように感じられないようペースをつくることでした。編集においては常に選択をしなければいけません。主要なポイントをどのようにカバーしながらも、短いタイムフレームの中で、優れたストーリーを語るのです。

——ストーリーの“Pacing”と関連して、構造について教えてください。本作品には、初めに象徴的な事象や統計・数値などファクトを示し、メインとなる問いを共有し、記者が複数人の取材を行い、最後に学びや知見を共有するといった共通の構造があるかと思います。これは当初から意識して設計していたのですか?

はい、ある程度はプロデューサーやBuzzFeedのスタッフなどと共に事前に決めていたものでした。すべてのエピソードに一貫性を持たせることで、特定の世界観を持った一つのシリーズを観ていると感じてほしかったからです。そのために観る側にとって追いかけやすく、大切なポイントが伝わりやすく、優れたストーリーを語ることのできる構造を、事前に用意しておいたわけです。

——そうした構造のなかで、本作品では特定のテーマやトピックを追いかける記者のストーリーが、とても魅力的に表現されています。たとえば、インタビューの進捗についてマネージャーや上司に報告するシーンやインタビュー相手の発言に対する喜怒哀楽の表情のカットなどが印象に残っています。

ありがとうございます。まさにこの作品では、取材をして記事を書く記者の話と、扱うテーマ自体のストーリーという、二つの旅があるわけです。この二つをバランスよく盛り込むことを意識しました。時には両者のストーリーが呼応することもありました。

記者の表情のカットについては、映像をカットしたり編集したりした部分をなめらかに繋ぐため、取材する側・される側のリアクションを交互に見せたかったという理由もあります。と同時に、おっしゃる通り、記者が映像の中でとても豊かな表情、リアクションをしていることがあったんです。なので、それを盛り込みたかったという意図もあります。

例えば『Teen Boss(邦題:10代の億万長者)』のScaachiさんはカメラの前でとても素晴らしい表情を見せてくれました。自分だったら取材を追跡されていたら、ぎこちなく振る舞ってしまうでしょうね(笑)

——まさに『Teen Boss』では、インフルエンサーのDanielle Cohnさんと母親、そして取材を行うScaachi Koulさん。それぞれの視点や感情の動きが表現されているように感じました。

おっしゃる通り『Teen Boss』の主人公はDanielleであり、それがメインのストーリーです。そしてそのストーリーを外の視点から語る人物が母親です。母親の語りがストーリーの骨組みであり、基礎になってくれました。そこにScaachiが10代のインフルエンサーが置かれている状況に対して抱いている考えが重なっていくわけです。

ストーリーを語るのは、“パズル”を解く行為

——Davidさんは『世界の“バズる”情報局』以外にも多数のドキュメンタリーに携わっていますよね。政治や国際情勢など、複雑な社会課題を扱うものも多くあります。それらをストーリーとして伝えるとき、どうしても何かを簡略化せざるを得ないステップが生じるかと思います。誤解が生じないようにするのはもちろん、なるべく大切なものを失わずに伝えるため、意識していることはありますか?

あなたが言う通り、本来物事は非常に複雑であるため、すべての小さな側面をカバーすることはできません。メインのストーリーの一部ではないことを省略するか、グラフィックなどを使用して、重要なことを素早く伝えるようにするなど、色々な手段を用います。

複雑さとエンターテイメント性、明瞭さ。最適なバランスを探るのは難しく、楽しい。私にとってはパズルのように思えます。全てバラバラのピースで、落ち着くべきところにおさまったとき、全体像が見える。

重要なのは、ストーリーを魅力的な方法で語るために、適切なピースを選んで組み合わせること。ただピースを減らすだけではなく、複雑な要素を取り込んでも観客が理解できるよう、ピースを組み替える。とても微妙なバランスが求められるのだと思います。

——最近の仕事では、どのようなパズルを解きましたか?

昨年公開されたCNNオリジナル映画ですかね。ルパート・マードックや彼の家族の人生に関する6部作のドキュメンタリーです。とあるエピソードでは、彼がタブロイド紙を多数所有していたイギリスで、いくつかのスキャンダルについて伝えました。すでに無数のインタビューやストーリーがある中で、どれを使うかを選択し、エンターテインメント性とジャーナリズム的な正確性を備えたストーリーを作り出す。とても難解なパズルでした。

——今日の取材では「ストーリー」という言葉が何度も挙がっていますが、Davidさんにとって「ストーリー」の条件とは何ですか?

ストーリーは、私に何かを伝えようとするものだと捉えています。たとえば『Teen Boss』のエピソードでは、インフルエンサーの存在が10代の若者にどのような影響を与えるのかというストーリーを記者は伝えようとしていました。それはとても興味深く、うまく構成できれば、ポップカルチャー全体に対して、新たな視点を与えることができるでしょう。

私の仕事は、そのようにストーリーを効果的なエンターテイメントとして伝え、理解させ、同時に新たな思考やカンバセーションを促すことです。

——ストーリーと言うと、起承転結や三幕構成など、一定のドラマがあるべきであると言う考えも聞きますが、何かを伝えようとしているもの、という考えなのですね。

そうした定義も間違いではありませんが、そうでなければストーリーではないとは思いません。優れたストーリーには、誰か一人の感情を揺さぶる何かがあれば良いと感じます。それは人によってバラバラであり、共通のものはない。何かを伝えようとしており、たった一人でも感動したり、何かを考えさせたりするものであれば、それは優れたストーリーなのだと思います。

ストーリーの力を悪用しないためには?

——最後に映像によるストーリーテリングの力について聞いてみたいです。というのも、私は普段テキストで記事を書くので、映像によるストーリーテリングの強さ、インパクトの大きさを羨ましく感じることがあります。と同時に、エンターテイメント性の高い映像作品が、政治的なプロパガンダに利用されてきた歴史もあります。そうした力の功罪をどのように捉え、日々の業務に臨んでいますか?

それは私にとって非常に重要な問いです。ビジュアルを使って映像を操作することができる。それは大いなる力であり、責任を伴います。

私の関わる作品では、非常に厳しいファクトチェックチームがいるケースがほとんどです。私たちは、自分たちが何をしているのか、どのように表現し、どのようにストーリーを語っているのか。編集のプロセスの中で、人々の発言や行動を文脈から切り出して不適切な方法で操作することのないように、すべてを確認して、正確であるかをチェックするのです。

この審査のプロセスはとても私にとってありがたいものです。ジャーナリズム的に正しくありたいし、人間を文脈から引き剥がしたくないからです。

——文脈から離れていないかは、どのようにチェックするのでしょうか?具体的に修正した内容はありますか?

例えば、インタビューで質問がされ、回答が非常に長くなった場合、実際にはテレビで放送するには長すぎるため、編集して簡潔にすることがあります。しかし、時にはファクトチェックチームが全てをチェックし、「その部分はその人にとって大事な視点に関わる部分だから、それを含めないと、その人の文脈を無視しているように見える」と指摘することがあります。

こうした厳しいチェックはとても大切だと思います。私たち、つまり映像によるストーリーテリングというツールを使っている人たちが、どうすればより良い仕事ができるかを教えてくれるのです。インタビューをカットしているときも「いや、これだと彼の言っていることが変わってしまうのでは?」と常に問い直せる。正直で良い仕事をしていると確信できるのです。

inquireでは、他者の語りを預かり、文章化をする上での「倫理」について考える講座を開催します。

本インタビューでも語られた、ストーリーテリングを行う上での責任や倫理といったテーマに興味のある方は、ぜひ以下のURLをチェックいただけると嬉しいです。

『inquire University|他者の語りを預かる責任と倫理。 ナラティブノンフィクションの実践のために』 https://inquireuniv01.peatix.com/view

  • [1]David Herr

    ニューヨークを拠点とするエディター。テレビと映画の制作に15年以上の携わり、エミー賞を二度受賞。Netflix、Hulu、FX、HBO、CNN、Viceなど、さまざまなネットワーク向けのコンテンツの編集、インディペンデント映画やビデオプロジェクト、NikeやGoogleなどのブランドとのプロジェクトにも携わる。

向晴香

向晴香

Haruka Mukai

シニアコンテンツエディター

編集者・ライター。学生時代にテック系メディアで翻訳ライターとして活動、オンライン英会話サービスでオウンドメディア運営に携わった後、フリーランスを経て、現職。関心領域はメディアと社会、ジェンダーなど。TBSラジオとハロプロと海外コメディーが好きです

編集者・ライター。学生時代にテック系メディアで翻訳ライターとして活動、オンライン英会話サービスでオウンドメディア運営に携わった後、フリーランスを経て、現職。関心領域はメディアと社会、ジェンダーなど。TBSラジオとハロプロと海外コメディーが好きです

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06/14 (2023)

  • [1]David Herr

    ニューヨークを拠点とするエディター。テレビと映画の制作に15年以上の携わり、エミー賞を二度受賞。Netflix、Hulu、FX、HBO、CNN、Viceなど、さまざまなネットワーク向けのコンテンツの編集、インディペンデント映画やビデオプロジェクト、NikeやGoogleなどのブランドとのプロジェクトにも携わる。

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