「ウェブアクセシビリティ」がデフォルトになった世界を実現するために

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01/15 (2024)

ぼくが「アクセシビリティ」という言葉を意識しはじめてから20年近くが経つ。

「アクセシビリティ」とは「アクセスできること」、つまり、「見ることができること」「使うことができること」である。だからアクセシビリティは、場所、建物、道具、ウェブサイトなど、あらゆる接点に存在する。アクセシビリティが低い場所にはたどり着くことができないし、アクセシビリティが低い道具は使うことができない。アクセシビリティはすべての根本を支える技術であり概念である。

ぼくのキャリアはウェブ業界からはじまったため、アクセシビリティの中でも特に「ウェブアクセシビリティ」が身近にあった。それにぼくの師がアクセシビリティのスペシャリストだったこともあり、ウェブサイトを制作するとき、常にアクセシビリティが頭に浮かぶようになっていた。

呼吸するようにアクセシビリティ対応を

ウェブアクセシビリティ(ウェブサイトにアクセスできること)とは多くの場合、利用者の障害などの有無やその度合い、また、年齢や利用環境にかかわらず、あらゆる人々がウェブサイトで提供されている情報やサービスを利用できることを示す。

たとえば、色覚異常を持つ人は、日本人では男性の20人に1人、女性では500人に1人の割合で存在する。決して少ない数字ではない。その人たちは、異常の無い人と同じようにウェブサイトを見ることができていない。また、手に障害があってマウスを思うように使えない人もいるだろうし、体質的に点滅が苦手な人もいるだろう。障害や困難の種類はさまざまである。ウェブアクセシビリティはそのような困難を乗り越えることを可能にする。

周りを見渡せば誰もがスマートフォンを片手に持っているように、いまやウェブサイトやアプリは社会にとって必要不可欠な存在になっている。だからあらゆる人はそれらにアクセスできなければならない——つまり、あらゆるウェブサイトやアプリはアクセシビリティ対応されていなければならない。だが実際はそうなっていない。一体なぜか。

「アクセシビリティ対応」はいつも費用対効果の低い追加タスクとして考えられていた。知識がなければ実装できないことに加え、たとえ検討事項にあったとしても、マイノリティに向き合っても利益にならないと事業判断として後回しにされることが多かったため、アクセシビリティ対応は優先度の低いタスクとして取り扱われた。そしてその結果、障害や困難を抱えた人たちは置き去りにされてきた。

しかし本来アクセシビリティは費用対効果や追加タスクとして考えるようなものではない。アクセシビリティ対応を後回しにすることは、誰かを社会から置き去りにしていることと同義なのである。ぼくが師からよく言われていたことは、「呼吸するようにアクセシビリティ対応をしろ」ということだった。呼吸することに費用対効果など考えない。アクセシビリティを考えることは、ウェブ制作者としてのデフォルトの活動なのである。

ウェブアクセシビリティについての近年の歩み

このように、数十年のあいだずっと苦渋をなめてきたウェブアクセシビリティであるが、近年少し風向きが変わってきたように思う。

たとえば、フリー株式会社では数年前からアクセシビリティのスペシャリストたちを採用し、「freeeアクセシビリティー・ガイドライン」を定めて公開している。

freeeアクセシビリティー・ガイドライン - フリー株式会社

また、LIFULLにもアクセシビリティのスペシャリストが所属しており、昨年ガイドラインを公開した。

LIFULLアクセシビリティガイドライン - 株式会社LIFULL

その背景について担当の嶌田氏より話を伺ったので、あわせて読んでいただきたい。

LIFULL嶌田氏の目指す「デフォルト・アクセシブル」の世界

2021年に発足したデジタル庁にもアクセシビリティの専門家が在籍しており、真っ先にアクセシビリティの普及に取り組んでいる。

ウェブアクセシビリティ導入ガイドブック - デジタル庁

昨年末には大手メディア運営会社のメディアジーンが、ウェブアクセシビリティサービスの導入を発表した。

メディアジーンがインクルーシブなウェブ体験を目指し、ウェブアクセシビリティサービスを導入 - 株式会社メディアジーン

また、メディアジーンが導入した「ユニウェブ」は、導入するだけでウェブサイトをアクセシブルにできるサービスであり、今後の普及に大いに期待したい。

ウェブアクセシビリティサービス「ユニウェブ」を提供開始 - 株式会社Kiva

デフォルトアクセシブルな世界を目指して

ぼくの狭い観測領域の範囲の中の話ではあるが、アクセシビリティに関する取り組みが少しずつ日の目を見るようになってきたことを実感している。

しかしウェブ制作者たちはここで満足してはいけない。LIFULL嶌田氏のインタビュー記事にあるように、デフォルトがアクセシブルになるウェブの世界に向かって、ぼくらは絶えず努力し続けなければならない。目指す世界はまだまだ遠い。

だが、この20年の業界の動きを見てきたぼくとしては、それが実現不可能な世界だとは思わない。スペシャリストたちのたゆまぬ努力によって芽を出しはじめたアクセシビリティなのだから、花が開く日も必ず来るはずだ。

昨今は生成AIの進化が目立つ。多くの人が言うように、生成AIの進化は仕事のあり方から暮らしのあり方まで変えるかもしれない。どこまでインパクトが大きくなるかはまだわからないが、時代のターニングポイントであることは間違いない。

だからこそアクセシビリティへの意識を忘れてはならない。技術が浸透するということは、置き去りにされる人も増えるということだ。技術の進歩に比例して、アクセシビリティの重要性は増す。AIによって暮らしがより良く変化するのなら、誰もがその恩恵を受けるべきだ。色覚異常の人はご遠慮いただくなんてことはあってはならない。

そして、障害を抱える人に対して優しいことは、ほかの多くの人に対しても優しいことを意味する。

たとえば、手を怪我してしまって片手が使えないこともあるだろう。その時はきっとキーボード操作が役に立つはずだ。また、目の病気でモニターが見づらいこともあるだろう。その時はきっと大きな文字が読みやすいはずだ。

ウェブの父であるティム・バーナーズ=リーはこう言った。

The power of the Web is in its universality. Access by everyone regardless of disability is an essential aspect.

ウェブの力はその普遍性にある。障害の有無にかかわらず、すべての人々がアクセスできることは、ウェブの本質的な特性なのだ。

出典:Accessibility - W3C

障害の有無に関係なく、誰もが何らかの原因によって同じ状況に置かれる可能性があるのだ。アクセシビリティは障害を持つ人向けの対応などではない。誰の、どんな状況をも支える、ウェブの根本的な哲学なのである。

ウェブアクセシビリティは、あらゆる人のための優しいウェブを実現する技術であり、誰も取り残さないという約束であり、ウェブ制作者の存在を支える誇りである。ひとりでも多くのウェブ制作者にこの哲学が浸透することを次の20年の夢にしたいと思う。そしてぼくもアクセシビリティの種を受け取ったひとりの人間として、自分にできることをひとつずつ積み重ねていかなければならない。


デフォルトアクセシブルな世界の重要性はわかったものの、どう対応すればいいのかわからない方のお力になれたらと考えています。インクワイアは、そうした方々に伴走できたらと思いますので、お気軽にご相談ください。

ヤマモトフミヤ

ヤマモトフミヤ

Fumiya Yamamoto

取締役

楽点株式会社、株式会社ビジネス・アーキテクツ、株式会社リクルートを経て現職。修験道(山岳信仰)の行者・山伏としても活動し、半聖半俗の日々を過ごす。専門はUXデザイン、情報アーキテクチャ、ブランディング。受賞歴にグッドデザイン賞、キッズデザイン賞、日本サインデザイン賞、日本空間デザイン賞、IAUD国際デザイン賞など。HCD-Net評議委員(倫理規定検討WG)。花人。長野県在住。

楽点株式会社、株式会社ビジネス・アーキテクツ、株式会社リクルートを経て現職。修験道(山岳信仰)の行者・山伏としても活動し、半聖半俗の日々を過ごす。専門はUXデザイン、情報アーキテクチャ、ブランディング。受賞歴にグッドデザイン賞、キッズデザイン賞、日本サインデザイン賞、日本空間デザイン賞、IAUD国際デザイン賞など。HCD-Net評議委員(倫理規定検討WG)。花人。長野県在住。

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