インターネットで偽情報の拡散はなぜ起こる?メディア生態系のハックを擬似体験するゲームが育むレジリエンス

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向晴香

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10/22 (2021)

先日『Hindsight 2020』と呼ばれるゲームが発表されていた。プレイヤーがインターネットの偽情報の拡散者となり、フォロワーや影響力を最大化していくという、テキストベースのシンプルなシミュレーションゲームだ。プレイしながら、EUが偽情報への対策などを盛り込んだ欧州民主主義行動計画 (EDAP)の内容について、十分であるかを擬似的に検証できるようになっている。

MicrosoftEUとともゲームを制作したのは『DROG』というイニシアチブだ。インターネットにおける偽情報の蔓延に対して様々なソリューションを提案している。

『Hindsight 2020』は、ゲームを用いた偽情報のリサーチ・対策を行う『BAD NEWS』というソリューションの一部だ。偽情報の拡散がどのように行われるのかについて、広く理解を促すとともに、ゲームによる効果も研究している。

『BAD NEWS』では、今回のゲーム同様、偽情報の拡散者として、フォロワーの最大化やフェイクニュースサイトの信頼度を育てる『Bad News』や、Chief Disinformation Officerとして民主主義に“取り憑かれている”公園に分断を生むよう操作しようとする『Harmony Square』などをこれまでにリリースしている。

いずれのゲームも特徴的なのは「こうやって偽情報を見抜きましょう」ではなく、自分自身が拡散側になったとき、どうやってメディアの生態系をハックして、人間に偽情報を拡散していくか。ときに、それがいかにアドレナリンを放出させる、楽しい活動であるかを疑似体験できるものになっていることだ。

こうしたゲームの仕掛けと、DROGのマニフェストにある「偽情報の問題を解決するには、私たちは恐れるのではなく、受け入れるべきである」ともつながる。「恐れや不信感といった感情が偽情報のエンジン」であるため、その仕組みや構造と向き合う必要があるのだ、と。

そのうえで、DROGは客観的な事実だけで対抗する難しさも指摘している、「リアリティというものは、社会の一人ひとりの『ファクトである』と受け入れたものの集合であり、社会的に構築されるもの」だからだ。客観的な事実よりも、感情が、リアリティを構築するうえでより強力に働く。

こうした仕組みを踏まえると、ただ偽情報をブロックするだけでは、社会の偽情報へのレジリエンスは高まらず、偽情報を信じる人が「やはり自分たちは正しい」という気持ちを強めることになってしまうと、彼らは考える。

だからこそ、ゲームを通じて偽情報の「entertainment value(エンタメ的な価値)」をこちら側も理解する必要がある。それらのテクニックを用いて、より危害の少ない方法で、人々の欲求を満たす何かへ昇華していきたいと述べている。(ただちに欲求を抑圧するのではなく、なるべく害の少ないアプローチを選ぼうとするやり方は“ハームリダクション”との共通点も感じる)

こうした、偽情報を単にブロックしたり、ファクトによって説得したりすることの限界を指摘する言説は、ここ数ヶ月しばしば見かけることがあった。例えば、JayRosenはDanah Boyd氏のSXSWでの講演を記事化した『You Think You Want Media Literacy… Do You?』をツイートしている

これはメディア・リテラシーが、メディアの発するメッセージを批判的に見つめる力であり、フェイクニュースの解決策として位置づけられている状況の危うさを指摘したものだ。批判的思考などが重要であることは間違いないが、「見たものを疑え」というメッセージやニュースを批判的に検証する力、あるいは自ら情報を編集して発信するスキルといったものが、教育者の意図するのとは逆効果を生んでしまう可能性も指摘している。

日々、反ユダヤ主義や女性差別的なコンテンツを作っている 10代の若者を見ていると、偏見に対抗するアクティビストと同じツールを駆使していると気づきます。過激な思想を持つ人の多くはメディアを使いこなしているんです。

Boyd氏は、自分自身の認知のパターンや心理学的特徴、どのように操作され得るのかを知ること、他者の視点や解釈を理解することなどを、より教育で後押ししていくべきではないかと問いを投げかけている。この記事については、一田和樹さんが素晴らしくわかりやすくまとめてくださっていたので、興味のある人はぜひ読んでみてもらいたい。

また、一田さんの記事を引用している法政大学教授・ジャーナリスト藤代裕之氏の記事も非常に参考になった。個人や社会が偽情報へのレジリエンスを高めていくためにどうするのか。ファクトチェックや批判的思考のトレーニングはもちろん、自分の内面や認知の仕組み、他者の視点やリアリティを理解する必要がありそうだ。

向晴香

向晴香

Haruka Mukai

シニアコンテンツエディター

編集者・ライター。学生時代にテック系メディアで翻訳ライターとして活動、オンライン英会話サービスでオウンドメディア運営に携わった後、フリーランスを経て、現職。関心領域はメディアと社会、ジェンダーなど。TBSラジオとハロプロと海外コメディーが好きです

編集者・ライター。学生時代にテック系メディアで翻訳ライターとして活動、オンライン英会話サービスでオウンドメディア運営に携わった後、フリーランスを経て、現職。関心領域はメディアと社会、ジェンダーなど。TBSラジオとハロプロと海外コメディーが好きです

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