オウンドメディアの多様な価値を引き出すために大事なこと──キリンのオウンドメディアを手掛ける平山高敏さんの実践と経験から考える
広がり続けるメディアや編集の可能性を探究し、その担い手として未来の創造に貢献する。そのヒントを探るイベントシリーズ「editorial studies」の初回を、2023年3月14日に開催しました。
今回ゲストにお招きしたのは、「KIRIN公式note」の運営を務める平山高敏さんです。オウンドメディア運営から生まれる継続的な価値循環をどのように実現しているのか。日々の実践やオウンドメディアの次なる可能性について話を伺っていきました。
「この社内の熱量を活かさないのはもったいない」という衝動
平山さんは2018年にキリンホールディングスへ入社。その後、2019年に「キリンビール公式note(現KIRIN公式note)」を企画、立ち上げました。以来、同社が社内・社会の様々なステークホルダーとより良い関係性を築く、あるいはファンになってもらうための活動をリードし続けています。
2023年1月には、平山さん自身がメディア運営を実践する過程で得た発見や知識をまとめた一冊『ステークホルダーを巻き込みファンをつくる!オウンドメディア進化論』を出版。どのようにして多様な価値を生み出し続けるのか、その価値や役割が今後どのような広がりを見せうるのか、オウンドメディア運営における試行錯誤のプロセスや、今後の可能性・兆しについて綴られています。
平山さんはなぜ、転職から間もないタイミングで、noteを通じた自社発信をスタートさせたいと考えたのでしょうか。そのきっかけや理由について、次のように書籍内で紹介しています。
何より、従業員が語る商品に対する愛情や思い入れに感動しっぱなしでした。(中略)その熱量に触れて、入社するまで抱いていた「大企業」の人のイメージがガラッと変わりました。
(中略)キリングループ全体に視点を広げると2027年に向けて「食から医にわたる領域で価値を創造し、世界のCSV先進企業になる」というビジョンを掲げています。事実、CSVの取り組みの活動報告は日々私の手元に届きます。それは多分に熱量の高い報告で、気づけばその熱量に引っ張られるように、活動の中心人物たちとつながっていきました。
(中略)感じた課題の根本にあるのは「もったいない」という感情です。これだけの熱量、これだけの面白さを出さない理由がない、そんな衝動にも似た想いがメディア立ち上げまで連れていってくれました。
「継続」とそれによる「価値」に目を向けることで、オウンドメディアの成果は広がる
立ち上げを企画した当初、まずは小さく、最小限の規模で運営することを決めた平山さん。その後、2019年の4月に「『これからの乾杯』を一緒に考える場」というコンセプトのもと、「キリンビール公式note」をリリースしました。
それから約4年が経ったいま、同メディアはキリンビールのみならず、キリングループ全体における発信を担うまでに進化しました。オウンドメディアとして着実な発展を遂げた背景には、どのような要因が含まれているのでしょうか。
まず鍵となるのが、媒体としての「継続」です。オウンドメディアに限らず、メディア活動は継続すればするほど、内外に対して様々な価値を発揮し、結果としてより大きな成果をもたらす可能性を秘めています。
ここでいう「価値」の中には、たとえば発揮されるまでに数年を要したり、数値データだけからは見えづらかったりするものも含まれてきます。これらの発露にこそ、メディア活動を実践し、継続する意義が込められていると言えるかもしれません。
平山さんは、「KIRIN公式note」が媒体として発揮する多元的な価値を着実に評価していきながら、社内外にその意義を実感してもらうためのコミュニケーションに、立ち上げ当初から力を注いできました。その過程で少しずつ生み出されたのが、「タテとヨコの面積」という考え方です。この考え方を用いながら、生まれ続ける価値を関係者に伝え続けているといいます。
平山さん「『タテ』は時間軸による評価です。それぞれのコンテンツが5年後、10年後も多様な価値を発揮しうる『資産』であることを、社内で時間をかけてコミュニケーションするようにしています。
その過程においては、たとえば『1月に出したこの記事のPVが、6月時点で2倍にまで伸びていました』など、数値がグロースしている具体的な箇所を発見して伝え、効果について説明することも少なくありません。
加えて『ヨコ』の評価では、そのコンテンツがいかに様々なケースで有効活用されているか、プロセスにおける価値も含めて、意識的に共有していくようにしています。
たとえば、ある商品開発の担当者をインタビューした記事が、ブランドサイトにリンクされていることで、その商品の裏側にあるストーリーをお客様に伝える役割を果たし続けているかもしれない。あるいは、noteで発信したコンテンツが自社サイトのトップにある「キリンジャーナル」にいくつも転載・ストックされていくことで、キリンの人格や空気感をステークホルダーに届けることに一役買っているかもしれません。
他にも、あるグループ会社の代表をインタビューした記事について、「実は、普段社員に伝えきれていなかったメッセージを、繰り返し自社内でコミュニケーションするのに活用されている」といった、結果的にある種のインナーブランディングに役立ったという話を聞いたこともあります。
このような、広がる役割としてのヨコの評価に加え、数値も含めたタテの評価も交えながら伝えていくことで、会社としても費用対効果に対する実感が生まれやすくなります。瞬間的な価値だけでなく、長い目線での価値も見据え、その可能性もセットで伝えるように意識しています」
(キリン公式サイトのトップに表示される「キリンジャーナル」。Instagramのコンテンツ等と合わせて、noteの記事が内容を変えずストックされている)
キリンの例からも、メディア活動には既定の評価軸だけでは測りづらい、様々な価値が含まれていることがわかります。そして先に触れた通り、これらの価値はある程度「継続」されてはじめて発揮され、やがて成果へとつながっていくものです。この前提は、企業のオウンドメディア運営においても変わらないはずです。
その上で企業のオウンドメディアの場合、目的にはよるものの、その他のメディア活動と比べてより短期的で大きく、測りやすい成果を求められるケースも少なくありません。たしかに企業の施策として行う以上、自社にとっての利益や成果につながる、目的に最大限資する取り組みを目指す姿勢は不可欠です。
一方で目標達成などの限られた軸だけにとらわれず、より幅広い軸でメディアとしての価値を評価し、その価値がどのような成果につながりうるかを考えていくことが、自社のオウンドメディア、ひいては自社そのものの可能性を広げることにも結びついていきます。そして可能性の広がりが、より大きな成果を呼び込むかもしれません。
「KIRIN公式note」の実践は、こうした価値の循環を体現する例の一つとしても捉えられるかもしれません。
「わかりづらい」価値を受容する、土壌としての企業文化
価値の循環を実現するための試行錯誤は、それだけにとどまりません。平山さんはキリン内部におけるメディアとしての目標やKPI設計においても、様々な工夫を重ねています。
平山さん「私が所属するコーポレートコミュニケーション部は、大きくはキリン全体における広報の役割を担っています。その役割を考慮に入れて、メディアとしての目標や指標も設定するようにしています。
たとえば部門として重視する成果の一つに、社外でどれだけの露出を獲得し、話題になったかがあります。KIRIN公式noteにおける発信でも、記事がどれだけ話題につながったかを測るために、Twitterでのシェア数を追うようにしています。
重要なのは、オウンドメディアが置かれた部門が担う役割に目を向けながら、媒体自体の目標やKPIにも反映していくことだと思います。もちろん、メディアとしては他の手段で代替できないような、より本質的な価値創出を探っていくべきでもあります。一方で、現状できる限りのトライをしながら、置かれた場所に合わせた成果を最大限目指すこともまた、継続を見据える上では不可欠だと思います」
(この日のイベントはオンラインで開催されました)
ここまで触れたような実践やトライを続ける上で、平山さんは「キリンの企業文化や姿勢も間違いなく影響している」と、言葉を続けます。額面や数値だけからは見えづらい、メディア活動がもたらす副次的な効果に対しても期待し、理解を示す企業文化。思えばキリンには、かねてからそうした土壌が存在していたといいます。
平山さん「仮にもし、短期的なコンバージョンばかりを重視する文化や環境であったとしたら、少なくとも今あるようなメディアには育っていないはずです。一見するとわかりづらかったり、時間がかかったりする価値も受け入れていくカルチャーは、note運営に限らず全社を見渡しても、通奏低音のように浸透していると感じます。
たとえば、私の入社以前から続くCSVの活動にも、そうした色は現れています。ビール業界全体を俯瞰した上で、キリンはどのように立ち振る舞うべきか。わかりやすい数値だけではない視点から考え、取り組んでいく。キリンの企業としての根本的な思想は、今思えば結果として、メディアという取り組みと相性の良いものだったのかもしれません」
企業の品性を担保しながら、個人の熱量を最大限に発露させる
真価が周囲に伝われば伝わるほど、媒体のもとにはより多くの情報や提案が舞い込んでくるようになります。2021年にキリンビールからキリングループ全体の発信を担う役割へ拡張したことは、その現れの一つと言えるでしょう。
扱うトピックが増加を続けるからこそ、平山さんは「関わる人との丁寧なコミュニケーション」に一層力を注いでいると話します。その背景には、媒体として「品性をガバナンス[1]」しながらも、関わる個人の熱量が発露することを何より大切にしたいという、平山さんの強い想いがありました。
平山さん「企画を発案してくださった方に対しては、まず『あなたはなぜそれをやりたいか』を深く聞くようにしています。なかなかお互いにピンとこない場合でも、お互いが納得できるまで丁寧に、対話を繰り返すケースも少なくありません。
そこまでこだわるのは、やっぱり一人ひとりの『熱量』を発見し、すくい上げ、伝えることこそが、KIRIN公式noteがオウンドメディアとして果たすべき役割だと思っているからです。
商品のプロモーションや広告だけでは伝えきれない、こぼれ落ちるものを拾って発露させていく。その方針や想いは、活動をスタートしたときから徹頭徹尾、大切にし続けています。
熱量が見えてくると、その人がどんな人かも自ずと見えてくる。どんな人かが見えてくれば、自ずとどんな中身の企画にすべきかも見えてきます。そうした企画は形になったとき、自然とその人だけにしかない物語になっているものなんです」
平山さんは続けて、「取材ではなく、本人自ら綴るからこそ発露できる個性や届く想いもある」と話します。その実感をもとに、noteのプラットフォーム特性も活かして立ち上げた企画の一つが、オリジナルマガジン「紹興酒のすゝめ 〜知れば中華がもっと楽しくなる〜」です。
平山さん「出発点は、『永昌源』の営業メンバーたちが自らSNSに投稿していた営業先の魅力紹介やレポートなどを、noteでも発信していこうというアイデアでした。
見ていただくとわかる通り、このマガジンは営業メンバー個人のアカウントで作成した記事を中心に構成されています。まさに一人ひとりの熱量が発露している場所です。可能性として、キリン以上の影響力を持つ方も将来出てくるかもしれないとさえ思っています」
(マガジンを開くと、キリンが提供する紹興酒ブランド「永昌源」の営業メンバーが自ら筆をとった記事がズラリ。おすすめの飲み方や中華店のレポートが並ぶ)
平山さん「本人たちに話を聞いてみると、どんどん文章を書くのが楽しくなって、うまくなっているメンバーもいるみたいで。うまくなっているということは、もしかしたら営業の精度向上にも結びついているかもしれない。
それらの可能性や兆し自体に、私はすごく面白さを感じています。だからこそ、今後別の形で、社内で書き手を増やしていく座組についても妄想している最中です。多少のリスクはあるかもしれないですが、こうした機会を設けられる自由度もまた、オウンドメディアならではと言えるかもしれません。
個人的には、メディアは世界観やトンマナを作り込みすぎると、必要以上に窮屈になってしまうと感じています。それは結果として、部分最適に陥ってしまうことにもつながりかねない。より広く長い価値を発揮したいという想いからも、私たちのnoteではあえて決めすぎたり、固めすぎたりしないことを大切にしています」
あくまで企業も個人の集まり。一人ひとりの振れ幅を許容しながら、全体としては必要な「品性」を担保していく。キリンのnoteに限らず、こうした多層的なマネジメントは、オウンドメディア運営における要諦の一つと言えるかもしれません。
オウンドメディアは企業の文化を「伝える」から「作り出す」存在へ
オウンドメディアとして備わる可能性や価値をバランス良く捉えながら、試行錯誤によってそれらを解放し、着実に成果へと結びつけてきた平山さん。一方で、オウンドメディアの可能性や価値は今後ますます、より横断的なものへ変化していくのではないかと話します。
平山さん「これまで、オウンドメディアが主に担ってきたのは、企業や組織の文化を『伝える』役割です。今後はそれだけでなく、文化自体を『作り出す』役割も担っていくように、少しずつ変化していくかもしれません。
『伝える』においては、社内・社会に対する広報としての役割を果たしていたとも言い換えられます。担当者に求められるのは、すでにある自社の文化や文脈を理解した上で、社会の潮流や文脈と編み合わせ、発信していくことです。
今後は広報など既存の枠組みを超えて、たとえば人事や組織開発、経営にまで、様々な部門に横断的に足を踏み入れつつ、組織内にカルチャーを形成・伝播・浸透させていきながら、『作り出していく』役割を担うのではないか。これまでの経験や実感も踏まえ、そんな想像を膨らませています」
平山さんがそう想像する背景には、キリン社内で平山さんに対して時おりかけられる言葉があるといいます。
平山さん「上司から『平山さんは、キリンにおいてサブカル的な立ち位置にいる』と言われたことがあります。同時に、『組織の中に辺境を見つけ伝える人が存在しているのは、組織にとってもすごく健全なことだと思う』とも伝えてもらいました。
オウンドメディアの活動をリードしたり、インハウスエディターと呼ばれる役割を担ったりする人は、組織内にある余白を常に探し続ける存在です。それだけでなく、余白の中から辺境を見つけ出し、それらを組織内で伝えていきながら、文化に反映するためのすり合わせを各所で行っていく動きが、求められているのかもしれません。
私自身も、今後ますますそういった役割を会社から期待されていくだろうと感じています。将来的には、オウンドメディアの担当者として重ねてきた辺境や種を見つけ出す動きを、別の部門のメンバーとしてより広く実践してみたいという気持ちもあります」
組織にある辺境を発見し、誰よりも面白がり、その面白さを形にして伝えていきながら、社内外問わず多様なつながりを作っていく。こうした営みは、今後「編集」が社会に対して担いうる役割とも、ある抽象度において通底するかもしれません。
(インクワイアが捉える、編集が社会に対して担う3つの役割)
必要な変化や進化を生み出す上で、一社の取り組みでは解決が難しい課題も増え続けています。今後はますます、社内外のより多くの人を巻き込みながら、場所やメディアはもちろん、文化や哲学それ自体を作り上げていく主体としての編集者(あるいはそうした役割を担う人物)が、企業においてもより求められていくのではないでしょうか。
辺境を見つけ出して可視化し、それらをステークホルダーと共有しながら、個性や熱量を発露させつつ接点をつくり、持続的で多様な価値へと結びつけていく。平山さんの経験や実践知から、私たちが学べることは少なくありません。
辺境の発見から価値への昇華まで、その一連のプロセスを担うオウンドメディアやインハウスエディターという役割は、メディアや編集がより良い未来をつくり出す、そのための可能性を探究していく上で、今後も注目すべき存在と言えそうです。
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お知らせ
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▼ inquire Studio - 社会変容の媒介として、探究と変容の掛け算で未来を共創する
[1]品性をガバナンス
企業内の品性の所在を確認し、インナーへの共有と共感の獲得を通してそれをガバメントすることを、オウンドメディアの役割と捉える考え方。詳しくは、書籍のチャプター4を参照。
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